「ちいさいおうち」
バージニア・リ−・バートン文/絵 石井桃子訳

岩波書店

 村での自然に圧倒された暮らしの中ではじめて知ることがあまりに多くて、ときどきいやになる。草の成長がこんなにも早くて強いことも、月夜の晩が明るいことも、雪の日はあたたかいことも、雪の下には春が待機していることも。知らずに大人になったことがくやしく思ったりする。

 わたしは工場の立ち並ぶ「まち」の中で育ったけれど、思い出の中で鮮やかかつ大切な場所がたくさんある。夢中だった文房具やさんのがちゃがちゃ。つぶれかけの商店街。パチンコ屋のおとや、たばこのけむりのにおいがする食堂も、興味深くのぞいた工場が出すゴミの中身のだって思い出せるし、そのひとつひとつがわたしの思い出の大切な断片で、郷愁をもってふりかえってしまう。

 今まで二十数年、街で暮らしたのだから、そのここちよさが根底にあることは絶対に変わらない。それがわたしなのだ。

 どこで暮らしても、その地に寄せる思いというのは誰でもあるに違いないし、ココロのアルバムを作るのは自分自身。運命だろうし、どこで暮らすのがいいか悪いかなんて、その運命次第だと思う。

 だけれども、わたしは一度離れた土地を再び訪れるときの寂しさがつらい。街並みもすっかり変わってしまい、あったはずのものがなくて、違う自分の知らない空気に街全体が覆われていて、なにもかもすっかり色あせて見えてしまい、恐ろしい程大きな寂しさに呑み込まれて涙を流す。とても、とても深くて、ひとりぼっちで、冷たい。

 子供達が将来今の暮らしを懐かしく感じてここに戻ってきた時があるとするならば、北アルプスの山並が迎え、支えてくれると思う。それはきっとしずかに、かわらずに。

 その景色が、このバージニア・リ−・バートンの絵のように素敵に色付いていればいいな、と思う。わたしはこの「ちいさいおうち」の佇む田舎の景色が好きだ。

 

2001.3

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