松本市の100周年記念事業の一つとして
「やなせたかしのアートな世界」展が3/1〜3/30まで松本市美術館で開かれていた。


「アンパンマン」をうみだし、「てのひらを太陽に」の作詞をしたやなせ氏。
漫画や詩、絵、書、さまざまな作品を生み出す、マルチアーテイスト。
現在も89歳というお年で、病気に苦悩しながらも、
老人のための大型詩画集をだし、「詩とファンタジー」の編集をする。
やなせ氏の作品は、0歳から老人まで、幅広く受け入れられているのだと痛感した。

「アンパンマンの世界」
洗練された鮮やかなアクリル画がずらり30点程。
どれも2000年前後から描かれたものだというが、
キャラクター化したアニメのアンパンマンとは、ひと味もふた味もちがう。

絵本「チリンのすず」「やさしいライオン」「ロボくんとことり」「アンパンマンとあおいなみだ」の原画は、
お話を読みすすめる感じで、たのしんでいる子供がたくさんいた。

詩人としての叙情あふれる書とことばの作品や、
詩画集「人生いつしかたそがれて」の原画のゾーンでは、一枚一枚の前で離れられなくなっていた。

長年編集にたずさわってきた雑誌「詩とメルヘン」の表紙画24点の前では、
娘が、わたしはこんな世界にすみたい、この世界もすき、と妄想ふくらませる姿があった。

最後にはアンパンマン絵本や漫画を自由にたのしめるコーナー。
ちっちゃなこどもがきゃっきゃきゃっきゃしていた。

やなせ氏の幅広いアートワークを一挙に集めた、とてもおもしろい展示会だった。


「こどもたちに受けようとおもってやっているわけではない。
面白いと思うことをやっているだけなんだ。」
とやなせ氏はいう。

そう、やなせ氏直筆のアンパンマンの絵本が、
キャラクター化したアンパンマン絵本と全然違うのも
そのどこか粗雑にさえ思える線が、じつはやさしい線だからなのかな。



「自分の力量の中で一生懸命やる。
そうして絶えず人を喜ばせようと思ってやっていればいい。
すべて仕事というのは人を喜ばせるためにある。」


アンパンマンがキャラクター化し商業的にもひろく大衆に広まっているのも、
原作者のやなせ氏自身が「オレの作品はすごいだろう」とものをつくりあげているのではなく、
喜ばそうとする精神が底辺にあるから故の結果なのかもしれない。
日本中のこどもたちがアンパンマンが大好きで喜んでいる姿を、
やなせ氏はとても嬉しく眺めているだろう。



「わかりやすいものをつくる。
自分は芸術至上主義ではなく、通俗なものの質をよくすることが大切だと思うよね」

幼稚園の頃から、アンパンマンの絵本で、絵の脇にそえられているサインがいつもなんか気になっていた。
ちょっと斜め気味のひらがなで

やなせ
たかし

そのまわりをくものように、ぎゅんぎゅんと線で囲ってある。
やなせ、という名前もどこかやるせない響きで、でもはっきりと焼き付いていた。
やなせ氏はかっこつけてない。というか人を上から見ていない。
ひらがなのサインは、たぶんその象徴のように思えた。

やなせ氏の活動のテーマは「愛と叙情」だという。
大衆芸術としてのスタンスが、ますます素敵に感じられた。


今回の展示で、とくに印象にのこったのは、
詩情あふれる鉛筆やパステルでの原画たちだった。
エネルギーあふれるアンパンマンたちや、
詩とメルヘン、のような鮮やかな色合いのファンタジックな作品とはがらりと印象をかえた
色彩をおさえた、どこか胸のきゅんとなるノスタルジーな鉛筆画。
入り口には“風の記憶”という詩が添えられてあった。

ほんのちいさなゆきずりの
ほんのちいさな記憶だが
ほんのちいさなおもいでに
ふしぎに涙 あふれくる
ほんのちいさな傷あとが
風ふく街で うずきだす


こころに染みて、
ノートにかきとめて帰った。


2008.4.25



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